あの足音が聞こえる

 

TDCホール。開演5分前のキャストアナウンスが流れて観客がざわつき、しばらくの待ち時間の後に足音が聞こえる。それは芝生の上を走るような自然音でも、体育館でシュートを決めるときの音でもない。コート上を駆け回る、キュッ キュッ という足音。音に混じるざらついた感触。そして軽快な打球音。それをきっかけに会場は暗闇に包まれてミュージカル テニスの王子様は始まる。心がどうしようもなく高まる瞬間。

 

初めて見たのは2016年。

3rdシーズン 青春学園VS聖ルドルフ学院 

 

たまたまテニプリ が再熱していて、そういえば先輩がテニミュ 好きだったなと思い出し、舞台が好きな友達も誘ってチケットを取ってもらった。

有名だし1回くらい見ておけばいいかなと思っていたが、結局その公演には6回行った。初めてテニミュを見た時の気持ちは今でも克明に思い出せる。

「楽しい」「美しい」

ただそれだけだった。若手俳優というカテゴリも2・5次元という括りも知らなかった。目の前でキャラクターが生きている。試合をしている。漫画やアニメで描ききれなかった葛藤や、観戦中の様子、歌詞に乗せて届くテニスに対する感情。どんな悩みを抱えていても吹き飛ばしてくれるくらいの青春が目の前にあった。

 

私は原作の展開を知っている。だからどっちが勝つか、どんな試合になるかも分かる。それでも見ている間は確かに神としての視点ではなくフラットな状態で応援する一人の人間となれるのだった。2・5次元舞台はよく茶番だとか、コスプレ運動会だとか言われる。確かに茶番もある。もっとテンポ良くできるでしょと思うこともある。演技だって、もっと上手い人を知っている。でも一番大切なのは楽しいことだ。その世界に没入させてくれて、今一緒に生きていることを感じさせてくれて、会場を出た後も幸せを持続させてくれることが重要なのだ。

 

「楽しい」という感情は原作でも重きを置かれた要素だ。主人公の越前リョーマはライバルとの戦いを経て成長し、ついに全国大会へと進む。最後に当たるのは強豪・立海大付属中。その中でも完全無欠のプレイヤー 神の子と称される少年・幸村精市だ。

幸村のテニスは完璧だった。どんな球も打ち返す。どこに打っても抜けない。神の子なんて仰々しい通り名に相応しいプレーだ。その結果、リョーマはこれまでにないほどの苦境に立たされてしまう。幸村に勝つビジョンが見えない。培ってきた戦術も通用しない。苦しい。つらい。助けて。

それを打ち破るのは楽しさだった。初めてラケットに触れたあの日。ボールを打ち返せた思い出。夢中で練習をしたのはテニスが楽しいから。楽しいから強くなりたい。楽しいから勝ちたい。そしてリョーマは復活し、幸村に勝利する。そんな展開だ(そんな展開だでまとめたけどテニプリは青春部活漫画でありながら超人テニス漫画としても有名なので二人の戦いを知りたい人は原作を読んでくれ~)

 

2/15 私は最後の本公演 全国立海公演 後編を見た。あの日、誘った友達も一緒だ。私たちは4年間ずっと3rdシーズンを追い続けたのだ。

絶対王者と呼ばれ、敗北を許さない立海。ひたむきに優勝を目指す、青学。試合は勝つための儀式に過ぎない幸村。強い相手と戦って上を目指すリョーマ。そしてこれまでにリョーマたちと戦ったライバル達。リョーマにテニスの楽しさを教えた父親・南次郎。4年間の全てが詰まった最後の公演。

しかし、始まれば最後だと思う悲しさをかき消して、心が震えた。私はこの物語を知っている。何度も読んだはずだ。立海が負けられない理由も、青学が築いてきた絆も、どんな風に試合が終わるかも分かっているはずだ。でも、まるで初めて見る試合のように美しい。この子たちの真っすぐな情熱がなだれ込んでくる。幸村君は、どうしてそんなに苦しそうにテニスをするの。リョーマ君、お願い負けないで。中学生のような気持ちでただ泣きながら舞台を見つめるしなかった。本物の時間だった。作り物ではない。生きている人間の、本当の人生だと思わせてくれる試合。幸村が優勢だった試合もこのセリフから一気に流れが変わる。

「テニスって楽しいじゃん!」

照明を浴びてそう叫ぶリョーマは確かに王子様だった。誰もが持ってるはずの楽しさを体全体で感じ、コートを縦横無尽に駆け回る少年。神様ではない、中学生の男の子。キラキラ輝くコート上の王子様。それを見守る、リョーマの父親・南次郎は言った。「お前らも最初から持ってるんだぜ。楽しいって気持ちを」

私は、テニスの王子様の最大の魅力は楽しさに着地する点だと思っている。何かを続けているといつの間にか忘れてしまう。勝つことが大切。技術が重要。あいつより上に行きたい。でもそれって、楽しいからそう思ったんだよねって。最初は全部楽しいから始まったんだよねって教えてくれる。ラスト曲や客降りも終わり、会場を出た私と友人はしばらく無言だった。そしてお互いに「楽しかったね」と言ったのだった。それだけだ。それだけで十分だ。

 

私は元々越前リョーマにそこまで興味があったわけではない。主人公をなかなか好きにならないことや、ライバル校が好きだったこともあって、リョーマに対して強いなぁすごいなぁくらいの感想を抱いていただけだ。それを変えてくれたのはテニミュだった。彼がどうして対戦相手を魅了するのか。あんなに先輩から可愛がられ、同級生から憧れの眼差しを向けられるのか。教えてくれたのは二人のキャストだ。

一人目は8代目・古田一紀。私が初めて見た越前リョーマ役の俳優だ。古田は最初とても生意気な子に映った。無愛想でぶっきらぼう容姿もリョーマからは離れたタイプだった。ちょっと生意気すぎない?と思うくらいに古田は自分の気持ちをあまり表さなかった。SNSでもなかなか自分のことは語らない。サメが好き、アニメが好きという情報くらい。淡々と演じる彼だったが、とにかく体力がすごかった。どれだけ走っても乱れない歌声に気が付いた時に少し古田のことが知りたくなった。古田が演じたのは氷帝まで。伊武、裕太、亜久津、日吉。個性あふれるライバルと戦う中で、あぁリョーマってこういう子だったんだ。こんなに努力家で、クールだけど時々可愛くて憎めない、もっと知りたくなる子なんだと思わせてくれた。

それはまるで生意気な後輩が少しずつ部活に馴染んでいって、素の自分を見せてくれるような経験だった。何かきっかけがあったわけではない。ただふと、この子はリョーマなんだと思った。魂が越前リョーマだった。声高に主張するのではなく、ただ演じる中で俺はここにいるよ 生きてるよと教えてくれたのが古田だった。

私は今でも古田のリョーマを思い出す。またね、と必ず言ってくれた。少し振り返って帽子で顔を隠しながら、でもはっきりとまたねと言ってくれた。「さよなら」じゃ冷たいし「バイバイ」も寂しいけど「またね」は違う。待っててくれると思う。また会いに来ていいよと言ってくれる優しさ。不器用で、多分かっこつけしいで、強くて、少しだけ優しい。そんな古田が、越前リョーマが大好きだって自信を持って言える。

 

二人目は9・10代目のリョーマ役だった阿久津仁愛(にちか)。これはきっと古田も感じたことだろうけど、前シーズンや前の公演で別の俳優が演じている時にどうしても〇〇くんじゃないのかぁ…と思ってしまう。にちかちゃんにも、それがあった。あと名前読めない…キラキラ系の子なのか…?という不安。にちかちゃんは容姿が美しく、年齢もリョーマに近かった。でも体力がなかったり、歌がなかなか安定しなかったり、見ているのが苦しくなる時もあった。特に歌はちょうど声変わりの時期だったのか歌いづらそうでハラハラしていた。その分、成長著しい部分も大きかった。公演を重ねるごとに、にちかちゃんはここが良くなってたねと話すのが恒例だった。体力がついてきて、身体も変化していって、声変わりを終えて歌も乱れることがなくなった。毎回毎回新しい喜びを教えてくれた。そして、昨日の立海公演。その背中は私が最初に見たものとは全然違ったのだ。

背が少し伸びて、体つきもがっしりしてきて、ちゃんと優勝するから見ててよとでも言いたげな自信満々の背中。それでいて全力でテニスを楽しんでいる、キラキラのオーラ。にちかちゃんは成長と楽しさを教えてくれた。次はどうなるんだろう、楽しみだな、また見たいなと思わせてくれる期待感。そして期待を裏切らない、打てば響く精神。立海公演のラストに、リョーマだけが客席に背を向けて他の選手全員が「越前!勝負だ!」と叫ぶシーンがある。リョーマはこちらに振り返り、まだまだだね!といつものセリフで応える。それが本当に綺麗で。ここまで見てきてよかった。私は熱心に通うファンではなかったけど、でも4年間の最後があなたたちで良かった。こんなに美しいものを見せてくれて、ありがとう。そう思って、たくさん泣いた。

 

二人のリョーマくん ありがとう。ライバル校も、代がいくつも変わった青学もみんなみんなありがとう。テニミュは、大人になってからできた私の青春です。

もう少ししたらドリームライブがある。それが終われば本当に3rdシーズンが終わってしまう。とっても悲しいけど、でもやっぱり最後まで楽しかったって言い続けられると思う。

飽き性な私が4年も通った。そしてこれからもきっと大切な思い出として残るだろう。目を閉じればあの足音が聞こえる。私を楽しい場所に連れて行ってくれる、コートを駆ける音が。